FC2ブログ

異文化と異次元の旅人

個別エントリー

2008年03月23日 (日)

ボーダーズ

コメント↓

アメリカの大手書店ボーダーズ(Borders)が、書籍販売の伸び悩みから事業売却を検討しているという。昨日の日経新聞で記事を読み、少しセンチメンタルな気分になった。

アメリカの書店事情は、日本ではあまり知られていないが、インターネット通販が出現する前、ボーダーズはバーンズ・アンド・ノーブル(Barnes & Noble)に次いで全米第2のチェーン書店だった。

私が大学院生として研究生活を送っていたアメリカ中西部のある街にも、1990年代初めにボーダーズがオープンした。ライバルのバーンズ・アンド・ノーブルの店舗は、ダークブラウンを基調色として、若干スノビッシュな雰囲気があるが、ボーダーズの店舗は、ライトブラウンの色調で明るく、カジュアルな雰囲気で、スペースも余裕があって、落ち着いて本を手に取ることが出来た。あちこちに「座り読み」用の椅子が配置され、科学書などの専門書も意外に揃っていた。

一般書から専門書まで豊富な品揃えを誇るジュンク堂や紀伊国屋書店など、巨大書店の便利さに慣れている日本人からすれば、非常に不便に感じるのだが、アメリカの大手書店では、売れ筋一般書以外の書籍を見つけるのは至難の業だ。ショッピングモールでよく見かける Waldenbooks などの一般書店は言わずもがな、バーンズ・アンド・ノーブルや、専門書が最も揃っていると言われているニューヨーク市のマグローヒル(McGraw-Hill)でさえ、日本の大手書店とは比べものにならないほど品揃えは貧弱である。アメリカで専門書を探すのに最も便利なのは大学のブックストアで、そこでも見つからないタイトルは、カタログを見て直接注文するしかない。書店文化は日本の方がはるかに充実している。

ボーダーズも日本の大手書店にはとてもかなわないが、それでも他の書店よりは相当ましであった。この街で私以外買う人は5人もいないだろうと思われるような、極めて特殊な専門書を見つけた時は、商売を度外視しているのではないかと非常に驚いた。ただ、そのおかげで、その書店に行くといつも宝物探しをするような楽しみがあった。

書棚のストック以上に私が気に入っていたのは、併設されていたカフェである。以前、同じボーダーズのシカゴ店のカフェを絶賛するコラムを書いたが、ここのカフェも明るくて適度に雑音があり、どの店舗もどこかあか抜けないスターバックスと比べて、ずっと居心地がよかった。

当時研究分野や将来について悩んでいた私は、研究に集中することが出来なくて、しばしばボーダーズで時間を過ごした。大学から車で5~6分のこのカフェにほとんど毎日通っていた。2時間から3時間、たまには半日ほども、店に置いてあるニューヨークタイムズを隅から隅まで読んだり、席を外して専門書コーナーで新刊の科学書などを読みふけったり、お気に入りのカプチーノを時間をかけて味わいながら、本を読んだり物を書いたり、物思いに耽ったりしていた。

カフェではタルトやベーグルなどの食べ物も充実していた。ただ、貧乏学生にとっては、たった1~2ドルとはいえ毎日カフェで食事するのは懐が痛い。そこで、お腹が空いている時は、半額以下に値下げされた前日の残り(day old)を注文する。好物のベーグルがたった10~20セントで買えた。若干固くなっているものの、味は落ちていない。それを二つ注文してトーストしてもらい、たっぷりとバターを塗る。他のどこで食べたベーグルにも負けないほどおいしかった。少し贅沢をしたい時は、大好きなアップルパイや梨のタルト、チーズケーキを奮発する。

店からすれば、10セントのベーグルとコーヒーしか注文せず、店のニューヨークタイムズを読みながら何時間も居座り続ける客は、商売のプラスにならなかったかもしれないが、嫌な顔をされたことも嫌みを言われたこともない。じつに快適であった。

このカフェでたった一人毎日何時間も過ごした2年間ほどは、精神的には悩みが続いていたものの、読書や思考、創作にのめり込むことができた、非常に充実した時間であった。思い出すたびにノスタルジーで胸がいっぱいになり、今すぐにでも戻りたくなる。

それほど気に入っていたボーダーズも、インターネット書店の便利さには勝てず、経営難で事業売却の運命を迎えようとしている。しかし、こうなる運命はもう10年以上も前から分かっていたはずなのだ。すくなくともインターネットのポテンシャルを理解していた人間はいずれこうなると予想していた。

1994年にアマゾン・ドット・コム(Amazon.com)の創業者 ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)が、ニューヨークの証券取引会社D.E. Shaw & Companyを辞職して、インターネットを使った書店を設立する予定だという小さい記事をニューヨークタイムズで読んだ時、私は思わず「やられた」とあせった。ちょうど研究生活に一区切りつけて、ベンチャー・ビジネスでもやろうかとあれこれアイデアを捻っていたところで、商業利用が始まったばかりのインターネットを利用して書籍通販をしたらきっと成功するだろうと考えていた。

というのは、先ほど書いたように、アメリカではベストセラーなどの一般書以外の専門書を書店で探すのは難しく、いちいちカタログから注文しなくてはならない。極めて不便だ。また、日本では、洋書は定価の2倍以上という高価が当たり前で、品揃えもペーパーバック以外は極めて貧弱だった。もっと安く簡単に洋書を買えるシステムがあればどれほど多くの人が喜ぶだろう。個人の力では大手書店や洋書販売会社に到底太刀打ちできないが、インターネットを使えばシステムを劇的に変えられるに違いない。

そこに、まったく同じ考えを持って、まさにそういう書店を始めようとしている男が現れた。世間はまだインターネットの底知れない可能性に気づいていなかったが、私はこのビジネスは必ず大成功すると信じて疑わなかった。インターネットで書籍を購入する習慣が一般に浸透するまでの数年間はアマゾンも相当苦労したが、5年10年のスパンで見ればきっと成功すると確信していた。

ベゾス氏の名誉のためにひとこと付け加えておくと、インターネット書店は誰がやっても成功するほど簡単だったわけではない。実際、日本への洋書通販は、ベゾス氏と同時期にSkysoftという会社が始めており、私も当初利用したが、その後アマゾンに押されて閉鎖してしまった。また、バーンズ・アンド・ノーブル、ボーダーズなどの大手書店も、アマゾンの成功を黙って指をくわえて見ていたわけではなく、対抗するために同じようなインターネット通販を始めたが、インターネットにおける後発の不利やブランドの重要さを理解できていなかった。ボーダーズはアマゾン・ドット・コムに吸収され、バーンズ・アンド・ノーブルはアメリカ国内で細々と営業を続けているものの、いつネット通販を店じまいしても不思議ではない。

かくして、カフェも書店の雰囲気も私が一番気に入っていたボーダーズは、時代の波に勝てずに、身売りされることになる。青春の思い出にまたひとつピリオドが打たれた。

スポンサーサイト



ページトップ↑

04:31:06   アメリカ留学記  | コメント(0)  | トラックバック(0)

 ←Lower back pain 大作家といえども→ 

コメント


管理者しか読めないようにします    

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://tarowho.blog95.fc2.com/tb.php/126-6606bef2

プロフィール

Taro Who?/フウタロウ

管理人 : Taro Who?/フウタロウ
理系研究者からビジネス現場の通訳・翻訳・マーケティングサポートを経て、現在はもっぱら大学・大学院で理系英語・翻訳・プレゼン・ライティング等を教える。また、理系英語教育プログラム、脳科学的アプローチに基づく英語学習、通訳訓練法、通訳・翻訳理論を研究する。しばしば仕事はそっちのけで、旺盛な好奇心のおもむくまま、あらゆるジャンルに首をつっこみ雑文を書く。砂漠とロッキー山脈が大好きだが、最近はとんとご無沙汰。もっぱら仙人生活を送っている。でも、パーティーとおしゃべりは嫌いじゃない。日本生まれ、日本在住。20代から15年間アメリカで過ごす。

リンク

記事一覧へ

ジャンル




全記事表示
管理者ページ

現在の閲覧者数

累積アクセス数

メールフォーム

名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる